平成23年3月11日金曜日午後2時46分18秒、三陸沖を震源とする日本の観測史上最大のマグニチュード9.0最大震度7(宮城県栗原市)が東北地方を襲いました。激しい揺れは約2分間続き、その後に発生した大津波、火事によって、死者・行方不明者2万3千人以上、全壊建物約11万戸(6月8日現在・警察庁発表)など未曾有の大災害が起こりました。
ACS(アジアチャイルドサポート)は3月15日、緊急支援として、2000万円の支援を決定し、すぐに岩手県、宮城県、福島県の現地調査に入りました。
役場や大きな避難所など、支援物資の集積地には全国から続々と物資が届いているなか、被災者の手に物資が行き渡っていない状況が見えてきました。理由として、①役場も被災し施設職員が足りない。②支援物資の箱の中身が確認できないものがあり、仕分けができない。③各避難所の情報をまとめ、物資を運ぶシステムが確立されていない。④交通網の遮断、運搬用の燃料不足など。よって必要な物資、数量の要請があっても対応できない。ACSは、支援物資を被災者に効率的に確実に届けるため、現地で活動しているボランティア仲間たちと協議をし、宮城県仙台市に支援センターを開設することを決定しました。
物資の集積・仕分け・配送ができる大きな倉庫と宿泊所を一年間、お借りする契約を結び、支援活動がより円滑にできるようパックアップ体制を取ったのです。5月に入った段階で既に、300ヶ所以上の避難所へ物資を届け、宿泊所も多くのボランティアの皆さんが利用しています。また、これから必要とされている支援活動も長期・多岐にわたることが予想されます。ACSは様々な団体の皆様と共に支援を継続していくことを決定しました。
(仙台市内)
仙台市は東北最大の都市です。緑も多く美しい街並みから沿岸部へ向かって車を走らせると、風景が一変しました。電柱は折れ、建物は爆撃を受けたように破壊され、グシャリとなった車が何千台も放置されています。港に行くと何千トンもありそうな大きな船が陸地に押し上げられています。生きものが腐ったような悪臭も酷いです。仙台市は広大な平野の中に在り、津波が来ると知って避難しようにも高台は数キロ先です。車は渋滞し、頑丈な高層の建物も少なく、多くの人が逃げ切れずに行き場を失って亡くなりました。その現場に立ち、あまりにも甚大で悲惨な状況を目の当たりにすると、表現する言葉がありません。ここは、本当に日本なのか現実がすぐには理解できませんでした。
(東松島市内六十代男性)
「被災3日目から1日にカンパン1個、温かいご飯は今までに1度だけだった。今日食べるものが必要なんだ。自衛隊には感謝している。学校のヘドロを全部撤去してくれたし、お風呂にマイクロバスで迎えに来てくれる。入り終わるまでまっていてくれて本当に嬉しかった。」「私はここに住んで29年になる。今まで築き上げてきたものが全て流されてしまった。今は何をして良いか分からない。」「もう元の生活に戻ることはできないだろう、だけどせめて人間らしい生活はしたい。どんな形でもいいから、体だけは骨壷に入れてあげたい。」